笑いは怒りを安全に昇華させた感情だと考えると納得がいく仮説

笑いって怒りを安全に昇華させた感情。なぜなら、自分自身もストレスにより傷ついている(ミラーニューロンの細胞が笑いを引き起こしている相手の攻撃性を見抜く)からこそ、笑いが生まれると、がん細胞やウイルス殺すナチュラルキラー細胞が働くのは理にかなっている。

怒りは強烈な感情であり、人間の生存欲求に結びついている。

笑いを提供する人は、攻撃性があると考えられる。違和感があるから笑いが生まれる。

違和感(=通常人間が取らないおかしなこと)は些細な怒りから生まれている。

おかしなことをする人間(=ボケ、集団生活を乱す人として危険性を感じる)や、が誰かを嘲笑う行為(=ツッコミ、ボケに対してその行為はおかしいと攻撃する)は、攻撃性のある行為だと脳が認知する。

人は社会的生物だから、集団に逸脱した行為を見ると敵か味方かをすぐ判別する。

その攻撃性を認知した脳は戦闘態勢モードになる。笑いは、敵意がないと生まれない表情を変えた方法なんだ。笑うことで交感神経は一時的優位になる。安全だと分かると、急激に副交感神経優位に切り替わるがそれは自分が安全であると認知した場面だからだ。笑いが怒リと結びついてる例として、『リズム0』という芸術家マリーナ・アブラモヴィッチによるパフォーマンスアートがある。(参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/リズム0

このパフォーマンスアートは女性が6時間何もしない状態で、複数のアイテム(拳銃やナイフが含まれていた)を観客が使用しても良いというパフォーマンスだったが、最初は善行に徹していた観客が徐々に嗜虐性が働き6時間の間、彼女は非業な仕打ちを受ける羽目になった。

悪意とは怒りから生まれる。笑いとは攻撃性の一部、そう考えると納得しないか?

それって安全ではない気がする。

でも、確かに笑顔であれば、攻撃性がないように見える。
でも一見して、ハイテンションの時、怒る場面でも笑ってしまうという状況は、通常の怒りよりも悪意(人を見下している心理が投影されている)が勝っている状態なのかも知れない。

ブラックユーモアに知性を感じる理由は、怒る対象を自分に回してないから、皮肉が通じるのは、相手を攻撃しているのに関わらず、相手も同じ皮肉で返せる共感があるからなのかな。

たとえば、「貴方バカですね」、と面と向かっていうより、「貴方の考えていることは、常人に思いつかないほど、優れていると思いますよ。」というと、皮肉が通じない相手は満足し、皮肉が通じる相手は「常人が思いつかないほど、優れていると評価できる貴方のほうが優れていると思います」と返せる相手のほうが、おかしいと思っていることを共有できるとして味方として認識しやすいとか?

ブラックユーモアも皮肉も攻撃性のお手本w

それに対して笑いが生まれるのはお互い敵意を抱いてるからなんだよ。

喧嘩するほど仲がいいのは、適度に緊張が保てる相手は、飽きないから。

穏やかな相手よりも、敵意が保てる相手のほうが信用できるのは、本音を打ち明けられるから。

自分を攻撃してきた相手が本音を言ってると解釈するから、味方に転じやすい。

笑いは、人を適度に傷つける。
交感神経を優位にさせ、適度に人の身体を鍛錬させる。
生命を脅かすぐらい人を傷つける行為は過剰に交感神経を優位にさせる(過覚醒)
人が笑いを求めるのは、刺激(=適度な怒り、傷つき)を求めて
身体を慣らすため、健康的だと知っているから?
皮肉を通じる相手は、お互い刺激があるから。
と考えられた。
ごめんなさい、oneのようにまとめ上手にはなれません。

あー頭悪いからな、お前笑

ごめんなさい、そうだと思います。

wwwwwww

キレるべきポイントを持たないって逆にすごいなw

なぜバカにされても受け入れてしまうのか?

それを考えてみようぜ。

怒っても仕方ないと思う。
切れても変わるわけじゃないし。

それが無力感。

虐待やパワハラを受けてきたナオは、からかわれても、ふざけられない、結果的につまらないと言われる。

こうなるのは、自分の自尊心を長年傷つけられてきたからだよ。面白くないと言われる度に傷ついてきたんだろうけど、怒りを外在化させてはいけない生存戦略を幼少期から植え付けられてきたから適度な敵意を持てなくなった。結果的に君の場合、直接、攻撃されても自分が悪いんじゃないかというフィルターが入って、人に対して理不尽な言動や要求に対し跳ね返す力が持てなくなった。

ところが、多くの人は頭が悪いからな、お前笑と言われたら切り返す言葉を持っている。

例:(お前に言われたくない、偉そう、人のことを見下してるやつのほうが頭悪いんじゃない?)

とかだいたい出せる。

それが出てこないということは、今まで抵抗しても無駄だと知った時の無力感が未だに体に残っているから怒りが外在化出来ないというわけだ。

確かに。
でも、虐待を受けてきた事実を否定されると怒りがあふれる。
どんなに頑張っても無理だった。
他人に理解されないと分かっても、怒りが止まらない。
自分は最低だと認めても、嘘をついてますねと言われると話さなきゃよかったと思う。
それが私の唯一の抵抗力。

「いいね!」 1