論理的な文章を書く人でも感情は動いているのか?

oneっていつも論理的な文章を書くけど、oneは、いつも感情がなかったら文章を書けないって言ってますよね。
oneの文章には感情が入っているのだろうかと疑問に思うのですが、実際はどうなのでしょう?

すごい失礼な質問だったらごめんなさい。

失礼ではないですよ。自由に質問して大丈夫です。

では、ナオの質問に対して答えていきましょう。

はい、人は感情が動かないと文章は書けません。

誰かのためになる文章、たとえば目の前にいる君が俺を頼っている状態であれば
役に立ちたい、問題を解決したという意欲が湧き、それに対してどうすればいいのかを考える動機としては、自分の尊敬されたい承認欲求が絡んでいるのでしょう。

また知識を得たいという知的好奇心、ナオに対しての親近感これらが文章として論理的であっても
わかり易い文章を丁寧に書くという動機に繋がります。
どんな論文でも文章には書く人の不安や責任、達成をして尊敬されたいという感情が隠されている事が多いのです。

ですから、感情がない状態で文章を書くことが難しいのは、脳が疲労して感情鈍麻の状態に陥っているからと考えられます。

感情がトリガーになって文章をかけるプロセスを話してみましょう。
文章を書くには、脳の報酬系、特にドーパミンが大きく影響しています。
感情を感じられない状態だと脳の報酬系がスイッチされません。
感情が動くことで初めて文章にする、思考が活性化するということになります。
その結果、文章を書いた後に達成感としてドーパミン放出が出てくるのです。

文章を書くことで文章を書きたいという意欲につながる、行動してからではないとドーパミンは出ない。

やる気がでないのではなく行動をしないからやる気が出ないというのはこういうことです。
感情がなくても文章を生成できるAIと感情というトリガーがないと人間は文章すらも書けないという対比は非常に面白く感じませんか?

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