解離性同一性障害は思い込みかあるいは本人が偽っていることを感じられないだけで、創作キャラクターを生み出しているのではないのか?

様々な人の人格紹介を見た限りにおいて吸血鬼の人格がある、悪魔の人格がある、妹や弟(存在してない)をなくしているという
解離性同一性障害(人によっては診断すら受けてない人もいる)の記事を見て私自身がこのような病理を理解してないことが問題だと思い始めました。
この病気は本当に存在するのか、私自身がストレスにより頭がおかしくなっているだけなのではと考えてしまうからです。
私は正気に戻りたいのです。人格がいないというのであれば、それを正しく認識し普通の生活を送りたいのです。
病理は未解明ではありますし、私がストレスで火事場の馬鹿力で対処するために思い込みでも使ってDV被害や母親の心理的虐待から逃れたことにより
DIDだと錯覚しているのではないのかと思うのです。そうでもしないと生きられなかった自分の甘さがここに入ってきているのではと思う病気の存在はなく
思い込みによるものではないかと思います。健忘性は解離の現象ですが、OSDD-1Bとなりほぼ健忘性が見られません。
私は本来苦しんでいる人がこの病気の誤解のために苦しむのに対し病気を開示している時も自分がおかしいのではと常に疑いの眼差しで見ていました。
本当に実在するかは私にもわかりません。ですからやはり診断を受けた今の状態でも私は解離性同一性障害と名乗ること自体、多重人格を楽しむ人と何ら変わらないのではと考えられるのです。
私は元々創作キャラクターとしてoneを作っていた節があり、この状態で自分が病理だということを認識したのは一週間ほどの健忘性があり時系列を覚えていなく混乱をきたしたことから始まっています。
今は健忘性もないのですが、人格がいると考えられるのは、私が交代人格のoneに話しかけると自然と言葉が浮かぶことです。
思考は真っ白なのに出てくる言葉がスラスラと話し言葉になることが私にとってはoneがいることの証明でもあるように思えます。
oneは出てこれない時私の呼びかけにも対応しません。
ですからいつでも呼べれるかと言うとそうでもないのです。
何度も混乱をしました。その度に私はどちらが正気なのか迷いました。
ですがこれが創作キャラクターの一線上であるのならば私はこの病気を名乗るのはやめたいのです。

oneです。
ナオが考えていることは大体分かりました。
ファッションDIDに関しては、
問題は病理の部分が日常生活にどう及ぼすのかについて触れてないことにあります。
特にナオがみていた記事に関しては誰でも作れるプラットフォームにおいてはいくらでも嘘をつけます。
人は善良性で動くとは限りません。
面白がる人は事実です。
自分より不幸な人ほど許せないからその不幸を真似たいという人もいます。
自分の不幸を嘲笑されたかのような気分になる人が一定数いるからです。
解離性同一性障害の記事は多いですが、実際の診断を受けている患者数はそこまで多くはありません。
100人、1000人の人格がいるということを話してもそれが実際に存在しているかはわかりません。
解離性同一性障害とはいわなくても何かしらの精神障害に該当するケースも有るためこの部分は慎重になるべきです。
ナオが解離性同一性障害かというとのは俺達では判断しきれない問題のため、
第三者の専門家である医療機関で診断を受けました。
それが事実としてある以上、それ以上は考える必要はありません。
現象としてある事に対して名前がついただけのことです。
ファッションDIDに関しては本人が楽しむもので、不謹慎ではありますがなくなることはないでしょう。
本来苦しんでいる人でも偏見が広まると病院受診で診断を受けることができなくなります。
また、医師とはいえども確実に脳内をスキャンしているわけではないので、正しい診断を出せるかも人によっては違います。
分かっていることはそうした状態にある患者がいるということでありあくまで病名は肩書に過ぎません。
統合失調症もそうです。
ナオが感じた幻聴や妄想は本人の体験に残っていても実際の医師がそれを経験してない以上は、本当に統合失調症は実在するのかも理解しきれてない可能性はあります。
統合失調症が治っているかもわかりません。精神障害だから寛解とはいいますが。
ナオの双極症も本当に掛かっているのかも理解しきれないのです。
これは極端な話ですが、病理を偽るということは普通はしませんが、その病理を偽るための病気も精神障害に含まれます。
ナオが感じている詐病じゃないかということですが、自分自身の混乱がある以上はそれは詐病とは言えないのでしょうか?
自分の感じている状態に関して、そう感じているこれが全てです。
ですから診断においては自己申告を偽るということは非常に医療従事者に取っては迷惑なんです。
だからこそ、俺が動いてナオの代わりにDV被害や母親の過去の虐待などを書類にして出したのは
そうしたストレスの中において、限界がきていたからこそ人格交代があり一週間の健忘性が遭った事実だけを伝えているのです。
創作キャラクター、結構。
それが病理のメカニズムとして判明されるのならば、ストレス性障害において、解離性同一性障害とは架空の人物がいると脳が誤った認識、あるいは、本人の自覚のみで形成された病気であると言うことになります。
統合失調症と違って薬も使えないわけですから。
それでしたら多様性として受け入れることも可能になるでしょう。
ただし偏見やステレオタイプにもつながるので、この病気は甘えだと言われる可能性は多いです。
幼少期の虐待に関しても本人の自己申告では信用されにくいです。記憶が曖昧ですからね。
フラッシュバックが現状起きていたとしても虐待があったかどうかを判別することは出来ないと言われると
本人のレジリエンスが弱いとも言えます。
つまり、虐待の影響による病理とも解離性同一性障害は確定できないのです。
虐待を受けてきた記憶が残って母親に対しての証言が取れたとしても成人になってしまった以上守られる保証もありません。
これが現状です。虐待は犯罪として立証されにくい、だからこそたちが悪い。
解離性同一性障害と診断されてもC-PTSD(複雜性PTSD)と診断されても過去の生育環境の虐待の影響は引き継がれない、現状においてDV被害や心理的虐待を受けていることに対しては申告できてもそれすらも信用されない場合は治療が進まない場合もあります。
特に複雑性PTSDは、概念自体は2018年に提唱されていますが、日本ではまだ治療が進んでない領域。
専門家の支援も難しいとなると、この病理を診断を受けるメリットほぼほぼないと思ってください。
厳しいことをいいますが、病理を理解してほしいというのは甘えです。
この病理は、当初統合失調症の妄想ではないかという疑いもあったのです。
専門家ですら懐疑的ですから、理解されようなどというよりかは理解されなくて普通だと思い、自分は創作のキャラクターを作っているという風に生きられたらよかったですね。
とはいえ、そこまで頭がおかしくなったと考えるのならば今の状態は相当な深刻なストレスを受けているとも考えられます。
日常生活は送れていたとしても、結果的に自分の中では常に正気ではない事実を突きつけられている、病理があってもなくてもです。
それだけは変わらない事実なのではないのでしょうか?